木の力に魅了され、その持続可能な世界の科学的基礎を充実する先駆者
NOBUAKI
HATTORI
服部 順昭
国立大学法人東京農工大学 名誉教授
1975年、京都大学大学院農学研究科林産工学専攻修了
東京芝浦電機㈱生産技術研究所、京都大学助手を経て、
1989年から東京農工大学助教授、1999年から大学院農学研究院教授
2009年から2期4年間(一社)日本木材学会会長
2014年から3期6年間(公社)日本木材加工技術協会会長
2014年3月に定年退職し、東京農工大学名誉教授に。
2018年より2年間は特任教授
2009年から8年間、東京都港区が進める、みなとモデル二酸化炭素固定認証制度の設計委員会と運用委員会の副委員長を務める。
北欧から始まる
LCAとの長い旅
北欧から始まる
LCAとの長い旅
LCA(ライフサイクルアセスメント)との出会いは、様々な偶然から始まりました。
1995年にIUFRO(国際森林研究機関連合)の第20回世界大会がフィンランドのタンペレで開催され、私は招待発表を受けました。そこで研究者仲間2人と久し振りにノルウェー、スウェーデンを視察し、最後に世界大会の地フィンランドを目指す旅を計画しました。
「LCAって知ってるか?」
旅の途中で川井君が私に聞きました。川井君は、小学校から大学まで同級生で、今でも親交のある盟友です。現在は京大名誉教授である彼が尋ねた一言がLCAとの出会いです。
当時私は、東京農工大学で助教授として「環境資源科学科」を担当していました。しかし、昨年度までと比べて、分属希望学生数が大幅に減少したのです。背景として、1989年に私が助教授として農工大に赴任して来た当時の学科は「林産学科」で、その後改組により「応用生物科学科」となり、さらに「環境資源科学科」と木材科学の盛衰に影響を受けて担当する学科名が変化していったことがあります。学生の求める教育・研究内容は、木材の機械加工や加工技術に特化したものではなく学科名が提起する「環境問題」に取り組む内容へと変革していました。研究室への分属希望者を増やすには、「環境」と言うキーワードが入っている新たな研究テーマが必要だった訳です。
「LCAで何?」と返したところ、彼も「環境負荷を評価するツールだが、良く知らん」との返事でした。
「環境」×「木材」か?環境に優しいと信じられている木材の環境を評価するとはどう言うことなのか?どんなことになるか想像が出来ないが、木材の価値が環境側面から評価される面白そうな研究だと思い、早速二人で、西日本では京大の川井が、東日本では私が担当して進めようと決め、「LCA」を研究する長い旅が始まったのでした。
帰国後にまずは、LCAに関する情報を集めました。最終製品やサービスには、資源調達、製造、使用、リサイクル、廃棄までのライフサイクル(一生)があります。それを提供するために使った資源や消費したエネルギー、環境に与えた負荷量を求めて、総合的に評価する手法がLCAだと分かりました。それから2年後の1997年に、卒論で行った木質ボード製造までの CO2排出量の結果を木材学会で発表することができました。当時は目新しい課題で一からのスタートでしたが、情報も少ない中でよくやったなと思います。
今ある当たり前を
見直す
今ある当たり前を
見直す
最近の研究成果で驚くことが判明しました。実は木造建築物であっても、同じ規模の鉄骨造の建物よりも環境負荷が高い場合があるということです。
皆さん「木を使った製品は環境に優しい」そういったイメージをお持ちだと思います。しかし、LCAを行って見ると一概にそうとは言えないのです。建築資材として木材を見た時、一番の短所は燃えると言うことです。構造材に木材を使う場合、その短所を解消するために様々な法的に使える耐火手法が用いられています。手軽に安価に出来る方法も存在します。しかしLCAで調べてみると、この手法が環境負荷を上げていることが CLT(注1)事業で分かりました。構造部材の環境負荷をあらゆるデータを集めて計算すると、木造建築物であっても、一概に「環境に優しい」といえる数値結果が出るとは限りません。
他の手法を採用することで環境負荷を抑えることもできます。ではなぜ皆使わないのか。そこにはやはりコストが関係してきます。
世界は今まで以上に環境問題、特に気候変動を重要視しています。良い例として「みなとモデル二酸化炭素固定認証制度」があります。「みなとモデル」は区内の建築物に協定を交わした自治体から供給される国産木材の使用を促し、その使用量に相当する二酸化炭素固定量を区が認証する制度です。二酸化炭素を多く固定した建築物ほど多くの星が与えられ、温暖化防止に貢献している建物であると認定されます。そのような建物を建てるにはやはり相応のコストがかかります。しかし高いコストをかけて建築された高級マンションから順番に売れているという事実も見逃せません。今環境問題を真剣に捉え自身の生活を見直していこうとする人が増えているのでしょう。
「木がふんだんに使われている」
そのことで安心せず、木材利用を推進するにはそれによって様々な環境負荷も下がっていることをLCAによって確認した上で初めて、本当の環境改善が叶えられると思います。
(注1)Cross Laminated Timberの略称で、ひき板(ラミナ)を幅方向に並べた層を繊維方向が直交するように厚さ方向に積層接着した木質系面材のこと。JAS規格では直交集成板と名付けられている。
CARBON STOCK FURNITUREを
LCAから見る
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木材のLCA計算では、木材製造の環境負荷が相対的に低いことから、運搬手段が大きく影響する場合があります。例えば、東京の現場で九州の木材を使う場合を想定してみましょう。九州から東京まで小型トラックで木材を運ぶ間にトラックが出すCO2排出量は、北欧から大型コンテナ船でスエズ運河を通り、日本まで運ぶ時にコンテナ船が排出する量と単位材積当たりで見ると同等だという結果があります。トラックの大きさや積載率、帰り荷の有無が変わると数値も変わりますので、輸送方法、木材の調達場所と現場の距離なども検討する必要があります。
国産の木材を使用する場合、産地と消費地が近いことは輸送に関する環境負荷を減らす点で重要です。細長い県でも産地が遠い場合には、県産材に固執するのでは無く、距離の近い隣県から調達するなど柔軟に考えて行かなければなりません。
「角材をそのまま使う」CARBON STOCK FURNITUREは、とてもシンプルです。
化学物質を使わず、丸太から必要最小限の加工で得られる木材の姿で使うことは環境負荷が少ないので良い方法です。成長時に光合成によって大気中から取り込んだ
CO2をストックした木材は、そこにあり続ける限り細やかではありますが地球温暖化を防止していると言えます。もし、いままで廃棄されていた間伐材から角材がとれれば、燃やすはずだった木材を家具として長く活かすことができ、貯蔵したCO2の排出時期をその分遅らせることになります。
当初の目的を終えた家具の部品である木材と金物をそのまま別の家具などにリユースされ長く使われることで、排出時期を更に遅らせて、その分温暖化防止に貢献することとなります。その様な使い方を提案されることを期待します。
そして、
CARBON STOCK FURNITUREもLCAの評価を受けられて、機能が同じ代替の家具に比べてどれだけ環境に優しいかを認識して欲しいです。